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ヴィレの個人用呟き備忘録。美術や読書なんかを中心にまとめるよ。 読むのならあまり信用しないで、気になったら自分で調べた方が良いよ。 飽き性だからいきなりやめるかも
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リルケ詩集 (新潮文庫)
新潮文庫、リルケ「リルケ詩集」読了。

「もろもろの事物のうえに張られている
成長する輪のなかで私は私の生を生きている
たぶん私は最後の輪を完成する事はないだろう
でも 私はそれを試みたいと思っている」

「おお 主よ 各人に個有の死を与え給え
彼がそこで愛と意義と苦しみを持った
あの生の中から生まれ出る死を」

晩年の詩よりも初期の方が好きだ

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バベルの塔って人間がまだ同じ言葉を話していた時、神様に近付きたくて造った建物だけど、人間関係ってそれと似ている。どちらかが神様でどちらかがニムロデになる。近付こうとして混乱が起きて、心のどこかに触れて、結局言葉が通じなくなってしまう

感情の構築は煉瓦で出来ますか、亀裂はアスファルトで埋められるのでしょうか。人間は神様じゃないから、この場合はどちらの傲慢にも成り得る。聖書ではバベルの塔は崩壊したと書かれてないけど、届きそうな所で届かず、感情の高みには限界があるのだと思い知らされる

こんな事、考えた所で
天啓は天刑でもあるのです

ジャンヌ・ダルクは天啓さえなければ血を流し、皮膚を焼かれる必要は無かったかもしれない。彼女を愛した男は愛した事に意味があったのではなく、出会う事に意味があったのではないか。
この間少し興味を引いたのは休養や娯楽(recreation)は再創造(re-creation)であるという事。子供達は遊ぶ事で新しい世界を創るのである。天使は子供の姿で表現される。子が世界を担うというのは理である
感動や情動に共感される事で、感動が解体され、引き裂かれてしまうのが不快なのだろう。強大な力としての情動を抱え込み、制御不能になるまで肥えさせ、溢れさせるのを望んでいる。だが、その自己破壊を望まない理性が私の情動を希薄にしていくのだ
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