ヴィレの個人用呟き備忘録。美術や読書なんかを中心にまとめるよ。
読むのならあまり信用しないで、気になったら自分で調べた方が良いよ。
飽き性だからいきなりやめるかも
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自国の美術品はともかく西洋美術品の貸出は今後かなり値上げされる思われる。余震は止まらないしなにより放射線。どう影響が出るかわからないけど危険度を考慮すればレンタル料、高くなるだろうね
絵の具だって化学物質。カドミウムイエローを食べたら死ぬ。空気や湿気で発色は微妙に変わるし保存状態も変わる。色々面白い事もわかりそうだけどね
絵の具だって化学物質。カドミウムイエローを食べたら死ぬ。空気や湿気で発色は微妙に変わるし保存状態も変わる。色々面白い事もわかりそうだけどね
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どちらかと言えば僕は感情における赦しを請うているのです
二次創作をする人ってキャラクターが出来上がってるから、そのキャラクターが何をするかという行動を予想してシチュエーションとか構図を考えてるんだと思う。多分、創作って(一次、二次に関わらず)それが一般的なんだろうけど、あっさりとそれを考え付くってすごい想像力だと思うよ
じゃあ自分の場合はと言うとまず肉体ありきで考えて精神的なものを後付けにしていると思う。鉛筆によって描かされているので、自分の立場は受動的、こちらが主導権を握る必要がある事は理解してるけど描く事の快感が得られるならそれでも良いかと、あれ、何か、卑猥な文章
「全ての芸術は模倣から始まる」って誰が言ったんだっけ。何を創るにしてもモデルが必要であると考えてるし、モデル達の融合と再構築によって作品が出来る と思っているのだけど、それだとおおよそが二次創作物になってしまうのでは。だがトレスは芸術ではなく技術の一部分で合って製図の領域…
文学者やそれに関係する哲学者なんかは模倣に対して批判的な目で見ている感じ。芸術家はそうでもない(と思う)んだけどね。「芸術は自然を模倣するものである」の考え方に賛成。だが絵画は言葉を持たぬ詩であるのです。なんだか文学の方が美術よりも芸術的であるかもしれぬ
難しい問題になってきた。創作活動は共感を目的としてるのかな。それは商業的な考え方?大衆受けする作品があるというのは間違いない。ポップ・アートはあちこちでデザインとして使われてるけど、元ネタがあるからか?ごめん、二次創作についての知識を何も持たぬまま呟いてる
じゃあ自分の場合はと言うとまず肉体ありきで考えて精神的なものを後付けにしていると思う。鉛筆によって描かされているので、自分の立場は受動的、こちらが主導権を握る必要がある事は理解してるけど描く事の快感が得られるならそれでも良いかと、あれ、何か、卑猥な文章
「全ての芸術は模倣から始まる」って誰が言ったんだっけ。何を創るにしてもモデルが必要であると考えてるし、モデル達の融合と再構築によって作品が出来る と思っているのだけど、それだとおおよそが二次創作物になってしまうのでは。だがトレスは芸術ではなく技術の一部分で合って製図の領域…
文学者やそれに関係する哲学者なんかは模倣に対して批判的な目で見ている感じ。芸術家はそうでもない(と思う)んだけどね。「芸術は自然を模倣するものである」の考え方に賛成。だが絵画は言葉を持たぬ詩であるのです。なんだか文学の方が美術よりも芸術的であるかもしれぬ
難しい問題になってきた。創作活動は共感を目的としてるのかな。それは商業的な考え方?大衆受けする作品があるというのは間違いない。ポップ・アートはあちこちでデザインとして使われてるけど、元ネタがあるからか?ごめん、二次創作についての知識を何も持たぬまま呟いてる
小中高時代苦労すれば、大学時代で楽しめる。大学時代で苦労すれば、社会人時代で楽しめる。社会人時代で苦労すれば、老後時代で楽しめる。現世(老後)時代で苦労すれば、来世で楽しめる。こうして人は何一つ楽しみを知らないまま死んでいく
一種の仏教的思考?だが飽くまで苦労は主観的なものであるし、苦労している最中は苦労しているという事以前に苦しみの方が強いのではないだろうか。若いうちの苦労は買ってでもしろというのは間違ってるんじゃないかな
疲れた顔の大人ばかり見ている幼少期を送った子供は労働する事に希望を見出せるのかな。色々な職業をやってみてやりたい仕事が出来たら良いのに。だがこの 国は転職を是としない国だからなぁ。30代までに職歴がしっかりしてないと異端だし40までに結婚してないと異端だからなぁ
子供を作れるから大人になるのか、選挙権があれば大人になるのか、子供を育てれば大人になるのか。年齢と身体と精神の問題
人間は半端な知識を持ってしまったが故に全て罪深い
人間も動物なんだと思えば野生的な一面(理性がはっきりしていない子供の面)を払拭する事は不可能だろうし、それがなければ生物として成立しなくなってしまう。繁殖行動でも勤労でも危機管理能力あっての生物だ
それを考えると大人というのは人間だけしか適用する事のない理性的で高尚な状態なのかもしれない。大人は大人の状態を継続する事ではなくて一時的なものなのかなと考えてみたり
親ですら子供(野生的な状態)に戻ってしまうから虐待が起きてしまうのかなぁとか。殺人が起きてしまうのは一時でも憎しみが野生的な感情となって体現してしまうのかなぁとか
自分が大人になったと思っている間は結局子供なのかもしれない
何故こうも浅薄なのだろう
一種の仏教的思考?だが飽くまで苦労は主観的なものであるし、苦労している最中は苦労しているという事以前に苦しみの方が強いのではないだろうか。若いうちの苦労は買ってでもしろというのは間違ってるんじゃないかな
疲れた顔の大人ばかり見ている幼少期を送った子供は労働する事に希望を見出せるのかな。色々な職業をやってみてやりたい仕事が出来たら良いのに。だがこの 国は転職を是としない国だからなぁ。30代までに職歴がしっかりしてないと異端だし40までに結婚してないと異端だからなぁ
子供を作れるから大人になるのか、選挙権があれば大人になるのか、子供を育てれば大人になるのか。年齢と身体と精神の問題
人間は半端な知識を持ってしまったが故に全て罪深い
人間も動物なんだと思えば野生的な一面(理性がはっきりしていない子供の面)を払拭する事は不可能だろうし、それがなければ生物として成立しなくなってしまう。繁殖行動でも勤労でも危機管理能力あっての生物だ
それを考えると大人というのは人間だけしか適用する事のない理性的で高尚な状態なのかもしれない。大人は大人の状態を継続する事ではなくて一時的なものなのかなと考えてみたり
親ですら子供(野生的な状態)に戻ってしまうから虐待が起きてしまうのかなぁとか。殺人が起きてしまうのは一時でも憎しみが野生的な感情となって体現してしまうのかなぁとか
自分が大人になったと思っている間は結局子供なのかもしれない
何故こうも浅薄なのだろう
デフォルメは日本の文化とも言われてる位だし発展すべくして発展したのかも。洋画の宗教画は信者にとって神は実在するというのをわからせるためにより精密に写実的になったというのもあるし
日本画の変遷はわからんけど、日本の埴輪とローマの彫刻を比較すれば日本がデフォルメに特価している事は判断できる(あ、時代無視してる)
何のフィルタもなしに美しいものを美しいと思って描ければ良いんだろうけど、美しいと思う事は高尚な感情であり、知識と経験を要する事だと思う。そうでな くては世界は汚れきってしまうだろう。だが、知識経験は身につければ美しい感情はろ過されてより純に且つ量的に少なくなってしまうんではないか
美しいと思う心は生まれつきのものではないだろうし、そのためには知識や経験を積む必要がある。だから視覚的に完成されているものだけではなく様々な事に対して美しいと思うのではないだろうか。美は個人のデータとの照合作業?
作品に出会う(見る)その一瞬だけは子供(野生的感情)に戻る、よって第一印象の衝撃はろ過されてない美によっての感動。知識経験を持って美しいと思う(大人の感情)という事で、美を回想する事は時間が必要でそれが大人になると言う事…より純粋な美…うーん
ごちゃごちゃ考えるとろ過装置の目を細かくし過ぎて何も通さなくなってしまうだろうね
見えるものを見ず、見えないものを見る能力=霊的感覚なのかも。スピリチュアルな事が信仰に繋がるように、美しいという感情は一種の崇高心や信仰心なのかな。いや、そんな難しく考えずに「綺麗!」「好き!」の子供らしい感情の方が美しいのかも(またここでややこしくなる)
過去を取り出して懐かしむ=郷愁の美、ジャンケレヴィッチ…フランス哲学思想?回帰に回帰を繰り返している感じが…本格的に美学の領域になってきたな。勉強不足……
あああ抽象画をすっかり忘れていたあああ!!
抽象画の発端をカンディンスキーだと考えると肖像画や風景画や何かと比較すると圧倒的に浅い。ようやく100年って所か。あああ、全然わからん、僕の感情 はそこまで強大なものではないのか?それとも抽象画は極々主観的個人的なものであるから感情移入するに至らない?そんな薄情な事言って良いの?
(抽象画を美しいと感じるに至る高尚な知識と経験がない……)
※絵画とイラストの問題だけでなく新たにデザインが加わりました!
抽象画について。配色の意外性。頭の中をそのまま描き出すのは自制心諸々が働くため難しい、大衆受けする要素を入れがち。等という意見が。うーん、鑑賞者 に委ねられている感じだな…近代化に伴う思想の多様性が関係してるのかね?だが、中には抽象画を描く事でアートぶってる作者がいる事も確かだ…
日本画の変遷はわからんけど、日本の埴輪とローマの彫刻を比較すれば日本がデフォルメに特価している事は判断できる(あ、時代無視してる)
何のフィルタもなしに美しいものを美しいと思って描ければ良いんだろうけど、美しいと思う事は高尚な感情であり、知識と経験を要する事だと思う。そうでな くては世界は汚れきってしまうだろう。だが、知識経験は身につければ美しい感情はろ過されてより純に且つ量的に少なくなってしまうんではないか
美しいと思う心は生まれつきのものではないだろうし、そのためには知識や経験を積む必要がある。だから視覚的に完成されているものだけではなく様々な事に対して美しいと思うのではないだろうか。美は個人のデータとの照合作業?
作品に出会う(見る)その一瞬だけは子供(野生的感情)に戻る、よって第一印象の衝撃はろ過されてない美によっての感動。知識経験を持って美しいと思う(大人の感情)という事で、美を回想する事は時間が必要でそれが大人になると言う事…より純粋な美…うーん
ごちゃごちゃ考えるとろ過装置の目を細かくし過ぎて何も通さなくなってしまうだろうね
見えるものを見ず、見えないものを見る能力=霊的感覚なのかも。スピリチュアルな事が信仰に繋がるように、美しいという感情は一種の崇高心や信仰心なのかな。いや、そんな難しく考えずに「綺麗!」「好き!」の子供らしい感情の方が美しいのかも(またここでややこしくなる)
過去を取り出して懐かしむ=郷愁の美、ジャンケレヴィッチ…フランス哲学思想?回帰に回帰を繰り返している感じが…本格的に美学の領域になってきたな。勉強不足……
あああ抽象画をすっかり忘れていたあああ!!
抽象画の発端をカンディンスキーだと考えると肖像画や風景画や何かと比較すると圧倒的に浅い。ようやく100年って所か。あああ、全然わからん、僕の感情 はそこまで強大なものではないのか?それとも抽象画は極々主観的個人的なものであるから感情移入するに至らない?そんな薄情な事言って良いの?
(抽象画を美しいと感じるに至る高尚な知識と経験がない……)
※絵画とイラストの問題だけでなく新たにデザインが加わりました!
抽象画について。配色の意外性。頭の中をそのまま描き出すのは自制心諸々が働くため難しい、大衆受けする要素を入れがち。等という意見が。うーん、鑑賞者 に委ねられている感じだな…近代化に伴う思想の多様性が関係してるのかね?だが、中には抽象画を描く事でアートぶってる作者がいる事も確かだ…
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